和歌山城


【お城データ】
形状:平山城
所在地:和歌山県和歌山市
交通:南海和歌山駅 徒歩15分強
JR和歌山駅
築城年:天正十三年(1585)、元和五年(1619)
築城者:浅野幸長、徳川頼宣
城主:紀州徳川家
遺構:天守閣郡(復元)
岡口門(現存)
土塀(現存)
追廻門(現存)
一の橋門(復元)
廊下橋(復元)
石垣  堀
【写真GALLERY】
  
和歌山城庭園  ライトアップ&鳥瞰

歴史と
見どころ
天正13年(1585) 秀吉の命により藤堂高虎が普請奉行となって築城
⇒天正14年(1586) 桑山重晴に3万石を与え城代に据える
⇒浅野幸長が軍功により37万6千石を与えられ紀州藩主となり入城
⇒元和5年(1619) 浅野氏は広島藩に加増転封,代わって徳川家康の十男・頼宣が55万5千石で入城
⇒元和7年(1621) 徳川頼宣により城の大改修と城下町の拡張作業を開始
⇒弘化3年(1846)7月26日 落雷により天守曲輪を焼失
⇒嘉永3年(1850) 大小天守等を再建
⇒明治4年(1871) 廃城令により廃城
⇒明治34年(1901)  本丸・二の丸一帯が、和歌山公園として一般開放
⇒昭和20年(1945)7月9日 和歌山大空襲により天守などの建造物11棟を焼失
⇒昭和33年(1958) 天守群を鉄筋コンクリートで復元
⇒平成18年(2006)4月 二の丸と西の丸を結ぶ御橋廊下復元
所見 和歌山城は48.9mの虎伏山(とらふすやま)山頂に建造され、堀を含めて広い城跡が残っていますが、往時の四分の一程度の規模となっています。
アクセス



大手門 松の丸櫓台 天守 天守 天守群 一の橋
(和歌山城管理事務所発行「和歌山城」パンフレットより)  ■ 印をクリックするとその場所から撮影した画像が見られます。


一の橋と大手門(一の橋門)松の丸櫓台松の丸櫓台
東堀 土塀は現存 東堀は最大73mの幅がある天守 戦火にて焼失したが昭和33年復元大天守
天守曲輪 乾櫓 復元天守曲輪 まだ早朝のため最上階の扉は閉まっている天守曲輪 二の門櫓と二の門
天守曲輪内より乾櫓天守曲輪内より小天守天守最上階より二の門、二の櫓、乾櫓
西の丸庭園西の丸庭園(紅葉渓)砂の丸の追廻門
















   和歌山城庭園 ライトアップ&鳥瞰

    


Copyright (C) All Rights Reserved.