所在地 | 靖国神社 |
生涯 | 文政7年5月3日(1824.5.30)〜明治2年11月5日(1869.12.7) |
除幕 | 明治26年2月(大熊氏広作) |
メモ |
靖国神社の大鳥居の向こうに聳え立つ像が大村益次郎です。
本格的な肖像銅像の第一号となっている。 一般的にはなじみ薄だと思いますが維新の十傑に数えられ、高杉晋作と彼がいなければ 馬関戦争や戊辰戦争の戦歴が変わっていたでしょう、 長州藩、維新軍の西洋式武装、武器、戦術を導入し編出しています。 元々靖国神社は明治維新の諸々の戦いでの戦死者を祀るための神社であり彼の初案による、 そのため彼の銅像がある。 上野戦争を指揮している時の容姿であり実際に上野の山方面をむいている。 私的にはNHKの大河ドラマ「花神」以来興味のある人物です。 ・本業は村田蔵六と名乗り長州の村医者でした ・大阪淀屋橋近くに現存している敵塾(緒方洪庵)で塾頭となる とにかくオランダ語にはめっぽう強かった ・宇和島藩に仕官したときは反射炉、大砲を設計していた 昔の切れ者は何でもやらされた、また好奇心旺盛だった ということでしょうか そういえばダビンチも同じようなことをさせられていますね 最後は暗殺されています、彼だけではありませんが時代が大きく変わり取り残された 人たちの不平不満をあびてしまった一人です。 |
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