義経堂(高館)






【データ】
所在地:岩手県西磐井郡平泉町大沢
アクセス:JR東北本線平泉駅 徒歩20分
 拝観時間:8:30〜16:00(無休) 拝観料:200円 駐車場あり(無料)
歴史:文治5年(1189)閏4月30日 義経は藤原泰衡の急襲にあい、この地で妻子とともに自害したと伝えられる
⇒天和3年(1683)、仙台藩主伊達綱村公(第4代)が義経を偲んで義経堂建立
⇒現在毛越寺の管理となる
メモ:元禄2年(1689年)芭蕉はこの高館に登り有名な「夏草や 兵どもが 夢の跡」の句を残している。 義経終焉の地と言われている高館(たかだち)の地は北上川に臨む丘陵地帯であったが、現在は大分浸食されて かなり狭くなってしまている。 ここより南東方面に柳の御所、西北方面に中尊寺、そして南西方面に毛越寺が各々1km程の距離に有る。  
ホーム: 義経堂




   

 


 ■義経堂入口の石碑  

 


 ■義経堂入口  

右の建物にて拝観料をお納めし石段を上る。 御朱印はここで頂ける。 


 ■北上川と束稲山  

石段を上ると向こうには北上川と束稲山が見えてくる。 場所は年月を経て浸食され、思った以上に狭く馬の背といった感じになってしまている。 


 ■芭蕉句碑  

右手側、突き当りには芭蕉の句碑 有名な「夏草や  兵共が 夢の跡」の下に 「三代の栄耀一睡の中にして、大門の跡は一里こなたに有。秀衡が跡は田野に成て、金鶏山のみ形を残す。先高館にのぼれば、北上川南部より流るゝ大河也。(中略)「国破れて山河あり、城春にして草青みたり」と笠打敷て時のうつるまで泪を落し待りぬ。」 と記される。


 ■義経堂への石段  

左手側に義経堂への石段がある 


 ■義経堂  

天和3年(1683)、仙台藩主伊達綱村公(第4代)が義経を偲んで建立 


   

中には天和3年(1683)義経堂と同時に造られた、義経像が安置されています。 

    


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